現在の新横浜駅は立派な駅ビルが建ちとても大きな町に発展しました。
昔の新横浜駅を知っている世代からはビックリするほどの発展です。今回は少し記憶をたどって昔の新横浜について話してみたいと思います!

1960・1970年代〜新幹線の開業と横浜線の複線化
東海道新幹線が開業し、横浜線との交点に新横浜駅が1964年(昭和39年)に開業しました。駅の周りはのどかな田園地帯で、ここが横浜なのか・・と思うような場所でした。
そこ頃、地元の人にはゴキブリ電車と呼ばれていた73形電車(昭和27〜54年まで走行)が走っており、横浜線は段階的に複線化がはじまりました。
菊名〜新横浜間が1967年(昭和42年)、新横浜〜小机間が1968年(昭和43年)に複線化されましたが、最終的に八王子までの全線が複線化されたのは1988年です。
八王子方面がまだ単線だった時代に、新横浜駅は時間調整をする駅としても使われており、長時間またされる駅・・・という思い出が残っています。

1980・1990年代〜都市化が進む
新横浜駅が新横浜周辺はとにかくラブホテルだらけの印象でしたが、新幹線の「こだま」しか停まらなかった新横浜駅に「ひかり」が停まるようになり、横浜市営地下鉄が開業。
カラオケブームがやってきた頃には駅前に比較的近かったラブホテルはなくなり、一気に開発が進みました。
今でも駅から少し離れた所にはたくさんのラブホテルが残りますが、街の雰囲気は現在に近い姿へと変貌していきました。

2000・2010年代〜現在の姿に
そして2008年(平成20年)に駅ビルのキュービックプラザ新横浜も開業。新幹線のすべての「のぞみ」「ひかり」が停車することになったのもこの年です。
オフィスビルや飲食店などは駅周辺に固まっているため、街の規模自体はそれほど大きくはありませんが、ビジネスやショッピングになくてはならない街になりました。

2020年代〜相鉄線が開通予定
そして現在、相鉄線の工事が新横浜で行われています。羽沢横浜国大駅から新横浜を経由して日吉駅までの10kmの連絡線が整備され、2022年には相鉄線が開通する予定です。
開通するとますます賑やかになりそうですね。

コメントはありません